Lo-fi Hip HopやBoom Bapと呼ばれる音楽においては、サンプリングネタとしてJazzミュージックは欠かせない。今回のインタビューでは、その「Jazz」にフォーカスし、レコードコレクター/DJとしてJazzシーンで名を馳せる「大塚広子」をフィーチャーする。
過去にリリースしたMix CDでは、いわゆる「Jazz」な曲の他にも、J DillaやDJ Shadow、GallianoやTheo Parrishといったアーティストの楽曲も収録し、Jazzという一貫したテーマがありながらも、幅広いセレクションでDJプレイにセンスを光らせる。その音楽的嗅覚と造詣の深さから、Blue Noteを始めとする世界中の音楽イベントに招聘され、Jazz喫茶や名門ライブハウスなどでも活躍する彼女に、自身のDJスタイルや音楽へのこだわりなどについて話をうかがう。
MP – 早速、月並みな質問ですが、DJはどのようなきっかけで始められたのでしょうか?あるインタビュー記事では、「街で12インチサイズの大きな袋をもって歩きたかっただけ」ということが書かれていましたが。それ以前にJazzは聞いていたのでしょうか?
HO – (DJを始めた理由は)その通りなんです(笑)。Jazzについては、よく「お父さんがレコード好きだったから」という話がありますが、私の場合、全くそんなことは無く、むしろ一番遠い存在のジャンルでした。レコードを買い始めた頃も、Jazzの棚は近寄り難い雰囲気がして怖かったですね。
レコードは高校生の頃から買うようになりました。初めは地元のレコード屋に行っていましたが、その内、Punkを聞くようになり、PunkやRockの専門店にも足を伸ばし、その後、Hip Hopにも興味を持つようになりました。
MP – ちなみに、一番初めに買ったレコードは何でしょうか?
HO – Earth Wind & Fireのレコードでした。アーティストや曲のことも知らないし、800円くらいで手頃な値段だったので買った、というだけなんですが…(笑)。
MP – それからHip Hopを買うようになっということですか?
HO – Hip Hopの前に、Soulをよく聴いていましたね。Hip Hopも聴いてみましたが、いきなりウエッサイ(西海岸ギャングスタ系)な曲を聴いてしまったので、私には合わないと思って敬遠してしまいました(笑)。
当時の私はイギリスかぶれだったので、SkaやPunk、その周辺のファッションに興味が向いていました。そのPunkにはまっていた高校生の頃、幡ヶ谷のHeavy Sick Zeroでプレイしたのが私のDJデビューです。
ただ「Punkを聴いていた」と言っても、曲に詳しかったわけではなく、「オシャレな人が聴いているから」とか、そういった理由で選曲していましたね。(新宿にかつてあった)ミロスガレージのロンドンナイトに遊びに行っていた時代でした(笑)。
そういう感じでしたから、曲自体のことはよくわかっていなかったんですが、その後、藤井フミヤさんのラジオ番組を聴いていた時に、Marvin Gayeなんかを耳にするようになって、音楽自体の素晴らしさに気づくようになりました。その流れで、J-waveの「Da Cypher」というHip Hop番組を聴き始めて、放送日の翌日、Manhattan Recordsに貼り出されるプレイリストをチェックするようになってから、渋谷のレコード屋に行くようになり、R&Bやダンスクラシックのレコードを買うようになりました。BlastやFRONTみたいなHip Hop雑誌もチェックしていましたよ(笑)。そういう感じでブラックミュージックを聴き始めて、Free Soulと呼ばれていたジャンルにも興味が行くようになりました。
MP – その頃はもうDJとしてプレイされていたんでしょうか?
HO – 色々な音楽を聴くようになってレコードも買っていましたが、DJ自体にはそこまで強い気持ちが無くて、友達がイベントをやる時に頼まれてプレイするというレベルでした。どちらかというと、DJよりもクラブで遊んでいることの方が多かったと思います。
その後、fai aoyamaでプレイすることになって、Jazz Funkをかけていたのが色々な人の耳に留まり、ちゃんとDJをやる機会が増えたという感じです。
MP – そこからJazzをプレイするようになったんでしょうか?
HO – Jazz Funkはかけていましたが、いわゆるJazzのレコードは買っていませんでした。Hip Hopのサンプリングネタも話題になっていましたが、本でチェックする程度で、特に追いかけたりはしていませんでしたね。
Jazzと言っても、始めはStrata-Eastのような変わったレーベルの曲が入り口で、PrestigeレーベルのJazzなんかも、どちらかというFunkの感覚で聴いていました。当時は、ストレートなJazzをあまり聴いていませんでしたし、ハードバップなんかはどれも同じように聴こえていたくらいです。むしろ「Jazzはよくわからない」という感じでした(笑)。
それから、DJ ShadowやCut Chemistのプレイを見て、ちょっとしたドラムブレイクがあるような曲を聴くようになり、Hip Hopの影響も受けながら、公民権運動があった時代のアンダーグラウンドなJazzの存在を知って、その辺りのJazzにはまっていきました。
MP – DJプレイでもJazzをかけるようになりましたか?
HO – THE ROOMのイベント「CHAMP」がスタートして、初めはクラブとしてお客さんを踊らせないといけなかったので、Hip Hopや当時流行っていたクラブもののBossa Novaをかけながら、Jazzを少しずつ混ぜていきました。その頃は早めの時間帯でプレイすることが多かったので、やや実験的な選曲をしていました。
MP – 昔のレコード紹介記事に「DJでは踊らせる曲をあまりかけない」と書かれていましたが、それは今も同じでしょうか?
HO – クラブでは踊らせることも意識します。私はメインの時間帯にプレイすることが少なかったので、立ち位置的に踊らせることを第一にはしていませんでしたが、好きな曲をかける中で、踊れる雰囲気を保つようには心がけています。
MP – 技巧派であれば良いと言うわけではありませんが、DJと言うと、ある程度はEQやミックスのスキルが必要になります。その辺りはどのように考えてプレイしていますか?
HO – もちろん意識はしていますが、活動の場が変化したこともあり、自分のプレイをしていく過程で少しずつゆるくなってきました。あとは、敢えて崩してみたり、ポリリズムのようなことがわかってきたので意図的にずらしたりすることもあります。
MP – 今日着ているTシャツのメッセージのように、アナログでのプレイにはこだわっていますか?
HO – アナログについては、これまでの環境から受けた影響が大きいと思います。そもそも音楽を聴くのはアナログだと思っていたこともありますし、音楽をちゃんと聴くならばレコードだと思っていました。
ただ、レアグルーブブームでレコードの価格が高騰してからは、レアなレコードを集めてかけるDJスタイルに疑問を抱き始めました。そんな状況の中、身近なところにも良い音楽があることに気づき、90年代以降にCDでリリースされていた新譜や、日本の現代Jazzシーンにも注目するようになり、新しい人たちの曲を収めたコンピレーションをリリースするようになったんです。時代的にデータで曲を扱うことが多くなりましたので、レコードが無いものはCDJでかけていたこともあります。
(Blue Note Japanが展開する)Brooklyn Parlorのように様々なお客さんがくるリスニングメインの場所や、Jazzライブの前後でプレイすることも増えてきたので、レコードだけではなくデジタルデータからも選んで、そうした雰囲気に合う選曲をするようになりました。
その後、レコードコレクターの知り合いがDJミキサーを自作するようになったり、音をよりクリアに再生できる場所も増えてきて、改めて「こんな音があったんだ」といった発見もありました。又、Jazzに精通した有名な方と知り合う機会もありましたので、クラブのスピーカーではわからなかった音に気づくようになりました。そして、自分が何万円も出して買ったレコードの音を知らなかったという、物凄いショックを受けましたね(笑)。
それからは、周りにオーディオに詳しい人も増えてきたこともあって、自宅の音響システムを改善したり、カートリッジにもこだわるようになりました。
MP – 先ほどのBar Stereoでのプレイ中にカートリッジを変えていましたが、あれは曲の音圧などを気にしながら交換していたのでしょうか?
HO – カートリッジにこだわっている人達は凄い世界で、固定しているネジやリード線をカスタマイズしたり、カートリッジの外側を木の素材で覆ったりしているんです。それをDJ視点から追求している方がいらっしゃるので、そうした方のお話を聞いたり、カスタマイズしたカートリッジをDJで使っています。
先ほどのプレイでは、前半、針先が楕円のものと木のカートリッジの組み合わせで少しなめらかな音を出すようにしました。後半は、少しパンチのある音にしたかったので(SHURE)N44-7とカスタマイズカートリッジの組み合わせに変更したという感じですね。
先日は、取材の一環でオーディオ評論家の方が自宅に来られて、(Technics)SL-1200を調整したら音がどう変わるかということを試したのですが、ちゃんとセッティングすると、本当に音が変わるんです。でも、それだけだと自己満足で終わってしまいますので、そういう「良い音」の楽しみ方をどうしたら共有できるだろうかと、色々と模索しているところです。
MP – 自分も長い間アナログでDJをやってきたり、アナログの良さをわかっているつもりですが、そうは言っても、今どきは、ほとんどの人がデジタルで音楽を聴いています。音楽でも食事でも、本当に良いものは手間がかかるものですし、それを分かっている人は、実際に足を運んだり、自分で手間をかけたりしますが、現代の多くの人たちは、幸か不幸かそうした体験が少ないように思います。
本当に良いものを知らないのは残念とも言えますが、一方で、例えば音楽ならば、デジタルやオンラインで、新しいものを次々と聞けると言うメリットもあります。その辺りのバランスについて、何か感じていることはありますか?
HO – レコードをかけられる環境にあれば、レコードでプレイしたいと思っていますが、基本は「良い曲を共有したい」というところにありますので、必要であれば、デジタルで表現したり発信することに抵抗はありません。
ただ、デジタルで単に発信するだけだと、それはすぐに流れていってしまいますので、自分で集めた良い曲に、例えば、文章や音声などの言葉を付けて、少しでもその曲の持つ良さを共有したいという思いはあります。
サブスクリプションサービスはとても便利ですが、良い曲であっても心に残りにくい部分がありますので、一つ一つの曲の深みであったり、曲を聴く順番によって良さが全然変わるといったことを、もう少しじっくり楽しんで欲しいですね。単にプレイリストで曲を並べるだけでなく、そうした楽しみを啓蒙できるよう実践していきたいです。
MP – 大塚さんは、世間的な肩書きとして「Jazz DJ」のように認識されていますが、Jazzという点で考えると、どのくらいの範囲をJazzと捉えていますか?過去にリリースされたMix CDでは、Jazzのタイトルの合間に、DJ ShadowのThe Number Songや、J.TredsのPraise Dueなどをミックスされていたのには驚きました。
HO – (世間的な印象の)「Jazz」というのは後から付いてきたものであって、DJとしては「Jazz」だけにこだわっていません。ShadowやJ.Tredsのような曲も、過去にクラブイベントでかけていましたので、それらも自分の好きな「良い曲」として紹介しているという感じです。
MP – 「Jazz」という文脈で、サンプリング主体のLo-fiミュージックなどにおいては、Jazzネタをサンプリングしているビートメーカーが多いですが、大塚さん自身は、JazzやHip Hopなどの音楽の範疇として、Lo-fiミュージックを意識されたりすることはありますか?
HO – これまで聴いてきたHip Hopなどの観点からは、Lo-fi的なものも聴いているつもりですが、現在のLo-fiミュージックはカバーしきれていないので、むしろ、私もそうしたシーンを取材したいくらいですね。
MP – 大塚さんが、Lo-fi Hip Hopのようなサンプリング主体のビートを作るとしたら、何か使いたい曲などはありますか?
HO – それほど深く考えたことはありませんが、例えば、Art Ensemble of Chicagoの曲からイントロ部分をループさせてトラックを作ったら面白そう、みたいなことは時々思ったりします。リエディットやリミックスにもチャレンジしていますが、今は曲を作るよりも「良い音楽を探したい」という欲の方が大きいですね。
MP – 現在、コロナの影響もあって、多くの有名DJがオンラインでのDJプレイを「無料で」配信していますが、いつかはコロナが明けてオフラインイベントができるようになったとしても、一度無料になったものを有料にするのは難しくなるように思います。わざわざお店に来てくれる人は今後もお金を払って足を運んでくれると思いますが、現代の若い人達は「音楽はYouTubeなどで無料で聴けるもの」と思っている傾向もありますので、音楽のあり方を考え直すタイミングが来ているように思います。
そうした状況の中、今後、大塚さんがDJ活動をするにあたって、何か意識されていることはありますか?
HO – 確かにデジタルやオンラインでの音楽のあり方も変わっていますが、先ほどもお話ししたように、私自身は基本「良い音楽を紹介したい」というところにありますので、デジタルのメディアを活用しながらも、デジタルだけでは表現できないことを今後もチャレンジしていきたいです。
PROFILE
Jazzを中心にSoulやJazz Funk、Hip Hopからエクスペリメンタルな音楽まで、ハイセンスな選曲とミックスが国内外のイベントで評価され、20年以上もの間、数多くの現場で活躍し続けるDJ。アジア最大のジャズフェスティバル「東京ジャズ」では初のDJとして出演し、「FUJI ROCK FESTIVAL」や「Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN」等、ビッグイベントでもその実力を遺憾無く発揮。アナログレコードへのこだわりと、Jazzについての造詣の深さから、老舗Jazz喫茶やライブハウス、Jazz評論家とも親交を持ち、Jazz関連メディアや、ターンテーブルメーカーであるTechnicsからもフィーチャーされる。自身のレーベルである「Key of Life+」では、コンピレーションアルバムや、所属アーティスト「RM Jazz Legacy」のリリースを手がける。MIXCLOUDではMr. OK Jazzと共にJazz番組「K.O.L. RADIO」を配信。オンラインラジオ放送局「WAH! Radio」では音楽番組を担当する。